1948年(昭和23年)  青森駅前青年団
?  「大森彦七と千早姫」

青森県所蔵県史編さん資料@20200712115812.jpg
青森県所蔵県史編さん資料@20200712115812.jpg
林広海@20170914181333.jpg
林広海@20170914181333.jpg
画像をクリックすると画面サイズ一杯でご覧いただけます。
許可なく掲載画像の無断複写・転載を禁じます。


 コメントを残す


日時ニックネームコメント

[1]2021/08/03
    13:47:16
ヒメハマシギ  S 25年にも「大森彦七と千早姫」(北金沢)がありますが、二人のポーズは似ていますね。 ただ、ねぶたの土台・基礎部分が安定しています。上の写真のような逆三角形ではありませんね。

日時ニックネームコメント

[2]2021/08/03
    12:29:19
ヒメハマシギ  T 12年・S 10年にも大森彦七の人形名称がありました。謎は深まるばかりです。

日時ニックネームコメント

[3]2021/08/03
    01:29:21
ヒメハマシギ  再度、立花善裕氏による「戦前のねぶた一覧」を見ましたら、大正10年(1921)作として「大森彦七鬼退治」というのを見つけました。こちらには町名等が記載されていました。もう少し調べればよいのでしょうが、眠くなってきましたので寝ることにします。

日時ニックネームコメント

[4]2021/08/03
    00:54:41
ヒメハマシギ  さらに進めて「青森ねぶたミュージアム」の立花善裕氏による「戦前のねぶた一覧」を拝見しておりましたら、昭和8年(1933)に人形名称が「大森彦七と千早姫」と記載されているのを見つけました。但し町名・団体は不明で製作者・賞等は空欄になっておりました。

日時ニックネームコメント

[5]2021/08/02
    23:58:24
ヒメハマシギ  「青森ねぶたミュージアム」に大正後期の作として左の写真が掲載されておりました。浅学菲才も甚だしいと大反省しております。

日時ニックネームコメント

[6]2021/08/02
    22:58:31
ヒメハマシギ  オリンピックの野球日米戦が延長戦に突入しました。6対6。試合に気を取られ前回コメントの最後の方で文に乱れが出てしまいました。お詫びいたします。日本がサヨナラで勝ちました。

日時ニックネームコメント

[7]2021/08/02
    22:37:22
ヒメハマシギ オリンピックの野球日米戦を見ているうちに時間が過ぎてしまいました。接戦です。さて、肝心の青森太郎さんのコメントにつきまして、私も何か戦前の写真のような気がしてきました。下記のコメントで触れた「英語の筆記体」は一見モダンに見えますが、戦争前に結構流行っていましたし、官許貮貮號というのも戦前の雰囲気があります。少年たちの服装も昭和10年代のの感じに見えます。

日時ニックネームコメント

[8]2021/08/02
    19:10:28
ヒメハマシギ  写真を見ますと「千早姫」が鬼女の面を被っているということがわかります。その後「千早姫」は本物の鬼女に変身するらしいです。  面白いと思ったのは、左の写真の右下に筆記体の「boy]という文字のTシャツを着た少年を発見したことです。かなりモダンな服装ですね。

日時ニックネームコメント

[9]2020/11/21
    10:27:26
青森太郎 子どもたちの服装からすれば、明らかに、戦前の絵葉書と思われますが・・



ニックネーム(必須)
メールアドレス(任意)
ウェブサイト(任意)
コメント